前回に引き続き、当施設が人格障害の回復支援のために意識している運営理念についてご紹介していきたいと思います。
今回ご紹介するのは、実際に入所された方が揃って口にする”生活の自由さ”についてです。
意外!と言われる自由な生活
当施設へ入所される方の経緯は様々です。
人格障害の治療で精神科病院に長い間入院されていた方、他の施設で生活されていた方、全くの新規の方などが日本全国からご利用にお越しくださいます。
そのいずれの方も、当施設の自由なルールに驚かれます。
「消灯時間はいつですか?」
「食事は何時までに済ませないといけませんか?」
「お風呂は何時から入れますか?」
といったような質問を受けることがありますが、実はこれらすべてに対してこう答えています。
「あなたの好きなタイミングでかまいませんよ。」
こう言われると、一瞬拍子抜けしたような顔をされることがあります。
それもそのはずでしょう。
皆さんが一般的に想像する”施設での生活”というものは、
『施設に閉じ込められ、タイムスケジュールが綿密に組まれ、そのスケジュール通りに生活することを強制され、規則正しい生活や社会性を身に付けさせられる。』
こういったイメージを持たれている場合がほとんどだと思います。
実際に、病院や他の施設はそのようなケアを行っていることが多いようですから間違いではないのかもしれません。
しかし、当施設は長年の臨床研究から、施設入所による集団生活を送るうえで欠かせない共同生活ルールを極力押し付けず、各々の判断にお任せするに至りました。
なぜなら、人格障害の方たちは持ち前の強い個性や特性の影響から、足並みを揃えた生活を送ることが不得意であるためです。
とは言え、集団生活の中から得られる体験がその回復に必要であることもまた無視できない事実です。
その結果生まれたものが、集団生活の中に身を置きながら各個人が無理なく(ストレスなく)自分のペースで生活するための”自由な生活ルール”なのです。
一見すると矛盾しているようにも思えるこのルールを成り立たせるためには、ある程度のトラブル発生は事前に想定しておく必要があります。
普段問題なさそうに生活していたとしても、ふとしたことをきっかけに利用者同士の口論、行き違い、衝突といったものは避けられない時があります。
そんな時は居合わせたスタッフや他の利用者が仲介に入り、なぜトラブルになったのかについてのディベート(話し合い)を行うようにしています。
そうすると、話し合いの末にお互いの気持ちの落としどころを見つけたり、今後同じことが起きないように対策を考えたりするため、結果的には良い経験になってくれることの方が多いです。
こうしたことは何も人格障害に限った特別な話ではなく、誰しもが生きていくうえで自然と経験し、乗り越えていく試練のようなものだと考えています。
どうして自由参加なの?
当施設には、心理士監修による”セラピー”といった自由参加型のプログラムも用意されています。
セラピーの主な目的は気分転換やストレスの発散などですが、ここでも強制はぜすに自由参加としているのには理由があります。
日替わりで行われるセラピーは、運動したり、ゲームをしたり、歌ったり、楽器を奏でたり、ストレッチをしたり、お散歩にでかけたりと、どなたでも何かしらに興味を持っていただけるような内容となっています。
しかし、この全てに参加を強制してしまうと、必ず無理が出たり、疲れがたまったり、生活のリズムが崩れてしまいます。
そのため、スタッフは利用者の皆さんに参加を呼びかけつつも、その日の気分や体調に合わせて参加を見送ってもいいということを伝えるようにしています。
参加の意思を委ねることで、自分のことは自分で決定するという”自己管理”の意識へとつながっていくのです。
”参加すること”にはもちろん明白なメリットがありますが、このように”参加しないこと”にもしっかりと意味を持っていただくことで、私どもの意図する自由参加の真の効果が発揮されるという仕組みです。
そして何よりも、参加した後の”やりきった”という実感の積み重ねはやがて自信へと変わり、人格障害に多く見られる低すぎる自己肯定感や失った自尊心の回復にも一役買っているのです。
「施設での生活は何もすることがない」
「何をやっていいかわからない」
と訴える方に対しても、セラピーへの参加が一日の行動目標となってくれます。
一般社会においても、何かに参加するか否かという選択を迫られることは避けて通れない問題ですので、その時のための良い予行練習にもなってくれていると信じています。
自分で考え、自分で決めてみる!
冒頭でもご紹介したように、当施設には一日のタイムスケジュールを定めないという独自の生活ルールがあります。
そのため、少し大変に思われるかもしれませんが起床時間から食事時間、入浴や就寝に至るまでのすべてを、自身で管理していただく必要があります。
これは各々が人格障害特有のこわだりや特性を持っていることを前提として、集団生活の中でも自分らしく、無理なく生活を送るために必要な措置なのです。
だからと言って、その自由なルールに甘えてしまって好き放題に生活を乱していいというわけではありません。
実際に完全に昼夜逆転してしまったり、食べたり食べなかったり、部屋にずっと引きこもったりしてしまうような方もいます。
このようなライフスタイルを、ゆっくり、少しずつでいいので軌道修正していけるようスタッフが見守り、時には声掛けをしてサポートしていくのです。
それぞれのペースで社会に適応できるレベルまで持っていくには時間がかかりますが、当の本人はもちろん、支える側(ご家族、スタッフ一同)も根気との勝負だと思って臨む必要があります。
「そんなの気が遠くなってしまう…」と言われる方もいますが、たとえ人格障害であろうとも人間は誰しも環境に適応する能力が備わっているため、不可能なことをやろうとしているわけではないのです。
特に、何事も諦めず前を向く心(モチベーション)を常に持ち続けている方は、そうした順応が早い傾向にあります。
時には立ち止まって休憩しながらでもよいので、少しずつ変わっていく自分を素直に認められるようになると、確かな希望の芽生えを実感をできるはずです。
当施設が大切にしている”自由”というものには、人格障害の回復に欠かせない様々な恩恵や魅力が詰まっていることがご理解いただけたでしょうか。