格障害(パーソナリティ障害)を持った子供は、時に激しい被害妄想を抱き、まるで親に恨みを抱いているかのように責め続けることがあります。
今回は、根拠のない被害妄想から親を恨まずにはいられなくなってしまった典型的なパターンについて、20年以上も人格障害を研究してきた当施設の施設長である佐藤矢市が解説して参ります。
恨みを訴えてくる子供
これまでにも、人格障害の子供が親を長時間にわたって正座させ、不満を訴え続けるといったケースを幾度となく見てきました。
「お前たちのせいでどれだけ被害に遭ってきたかわかっているのか!」
「なぜ私(子供)の気持ちが理解できないんだ!」
今の自分が苦しい思いをしているのは、全て親の育て方に問題があるという思い込みから、このような言葉で親を責め続けてしまうのです。
当然ですが、親からしてみれば
「恨まれるようなことをしてきた覚えはない!」
と、ついつい反論したくなる気持ちも理解できます。
しかしここで子供の誤解や思い違いを正そうと言い返してしまうと、火に油を注ぐことになりかねません。
言い返された子供は、
「また自分の気持ちをないがしろにされた!」
と思うばかりで、自分が間違っているなどという考え方はできなくなっているのです。
自分は悪くない!悪いのは全て親だ!
被害妄想とは、そもそも「自分が何らかの被害に遭っている」という思い込みから始まります。
人格障害の子供は、自分には何の責任もなく、社会や親、環境が悪かったとでも言わんばかりに妄想を膨らませ、恨みにも似た負の感情に支配されてしまうのです。
このような思い込みを持つようになったきっかけについて、当施設と関わってきた親御さんや子供本人に伺ってみたところ、思い当たるものをいくつか教えていただけました。
・絶対に失敗できない受験勉強を失敗してしまった。
・仕事で大きなミスをして怒られてしまった。
・アルバイトをクビになってしまった。
・恋愛が思う通りにいかないことが多かった。
このように、自分の思う通りにいかないと感じるような出来事(挫折、失敗体験など)が引き金となっていたことがわかります。
これはなぜなのかというと、人間というものはアイデンティティが十分に育っていなかったり、自尊感情が極端に低かったりすると、自分の失敗や過ちを認めることができない傾向にあるためです。
例えばまだ精神の幼い子供などは原因を他に置き換え、無意識に自分の心の安定を保とうとします。
そしてその矛先の多くは、最も身近な人間(母親など)が対象となることも確認されています。
母を恨み、責める子供が望んでいたもの
「自分の人生は母親によって狂わされた!」
あるケースの人格障害の子供は、このように頻繁に母親に責任転嫁をしては説教をし続けていましたが、その被害妄想に客観的な根拠はほとんどありませんでした。
しかし、「母親が憎い」「母親を恨んでいる」と思い込んでしまっている当の本人たちにしてみれば、その気持ちは”本物の感情”なのです。
ちなみに、心理士はそんな子供たちの心を次のように分析しています。
「子供たちは深層心理(心の深い部分)では、親に自分の感情をしっかりと受け止めてほしいという願望を持っている。」
その証拠に、母親が子供の話をさえぎって「そんなことないよ」とでも言おうものなら、自分の気持ちを受け入れてもらえなかったと捉え、悲しみや怒りがさらに増してしまいます。
「お前は黙ってろ!まず私の話を聞け!」
と、決して口を挟むことを許さず、自分の話を延々と聞かせることを強制してくるでしょう。
「お母さんはいつもこうで・・・・お母さんはすぐこうだから・・・」
一向に自分の気持ちを受け止めてもらえないと感じる子供は、このように母親が加害者であるという聞くに堪えない恨み節ばかりを聞かせてきます。
一日に何時間も同じフレーズを繰り返し聞かせ、母親はもちろん言っている本人でさえも疲れ切った状態になってしまう…なんてことさえあります。
挙句の果てには、
「これだけ訴えているのに、私の気持ちを何一つ理解していないじゃないか!」
と、再び説教が始まったかと思ったら、
「長時間拘束させられた・・・」
「お前のせいで気持ちが悪くなった・・・」
などとまた新たな被害妄想が始まり、体調不良を訴え始める始末です。
悲しいことに、子供の本当の気持ちを理解して受け止めるということは、わかっていてもなかなかできることではないのです。
子離れ、親離れができなくなっている
被害妄想に関連して、子供が親を恨んだり責めたりする理由としてもう一つの可能性も考えられます。
実は親も心のどこかでは”子供に罪悪感を抱いている”場合が多く、子供の言い分を受け入れようとして”親子共依存の関係”に陥ってしまっていることがあります。
この関係になってしまうと、子供はより一層親の態度に甘えるようになり、被害妄想とも相まって親を責め続けることが激化してしまう恐れがあります。
これは、”子離れ”できない親が必要以上に子供の心配たり、手を貸したりすることで子供の自立を妨げ、そのせいで親に依存しないと生きていけなくなった子供は”親離れ”ができなくなっていることが原因として考えられます。
もしもこのような共依存の関係に心当たりがあるようでしたら、「親が悪い」と言う子供の意見もあながち否定することはできないでしょう。
こうした関係を続けていくうちに親も精神的に疲弊してきてしまい、子供と顏を合わせるたびに不満や被害妄想を訴えかけられることに限界を感じ始めます。
「正直、もう子供に会いたくない・・・」
「子供が寝ている間が唯一静かに過ごせる時間だ・・・」
このように感じてしまうほど追い詰められていることも少なくありません。
人格障害の子供のことで本当に苦労を経験している親御さんなら、この訴えには共感できるところがあるかもしれません。
施設長として思うこと
まるで苦行のようなパターンを来る日も来る日も繰り返しているご家族が、全国にたくさんいらっしゃることをとても心苦しく思います。
様々なタイプのある人格障害の中でも、特に被害妄想の強いケースでは親が疲労困憊になった状態で当施設へ問い合わせ、やっとの思いで支援につながったという話もありました。
いずれにしても、このような被害妄想が自然と治まることはまずないということを覚えておいてください。
親が子供の訴えにひたすら耳を傾けたところで、改善はあまり期待できないでしょう。
ニュースなどで見かけたこともあるかと思いますが、子供の問題を家族内だけでどうにかしようとした結果、事件や事故に発展してしまったという悲惨な結末もありました。
私の感想としては、最悪の結果になってしまう前に家族だけでは手に負えないという認識を持ち、早めに人を頼ってほしかったという残念な気持ちしかありません。
開設以来、人格障害を専門に支援活動を行ってきたパーソナリティ障害宿泊・心理支援センターでは、そうした親御さんたちの力になるべく尽力を続けています。